美しい世界の手仕事プロジェクト

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カテゴリ:ミュージアム・展示会( 16 )

あたふた気分をしずめたく、季節の句などを少々。

  初冬の徐々と来木々に人に町に(星野立子)
 
  水霜のかげろふとなる今日の菊(宮沢賢治)

  秋風や甲羅をあます膳の蟹(芥川龍之介)

星野立子さんの俳句が好きです。普通の光景をしなやかに切り取る句には、銀塩写真の味わいがあります。デジタルじゃないんです。今では、「古き良き」となってしまったのかもしれない。変化の速度に戸惑うくらいの日々、星野さんの句にいっときのゆっくりした空気を愉しみます。

宮沢賢治、芥川龍之介、夏目漱石、寺山修司など、作家の方々も俳句を作りました。言葉の表現方法、多彩ですね。

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(「日本の方染」/文化学園服飾博物館)

さて本題です。型染の展覧会(文化学園服飾博物館)、見ました。デザインの優美さ、大胆さ、可憐さ、多彩さ、、見応えありました。

「型染は、紙や木などの型を用いて文様を表現する染色技法の一つです。日本では古くから行われ、着物をはじめ、公家服飾、武家服飾、芸能衣裳など多くの服飾に型染が見られます。日本の型染は、主として文様を彫り透かした型紙を用い、種々の染色技法が施されています。型染の種類は実に多様であり、日本の豊かな染織文化の一端が示されています」(展覧会解説より)

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(展覧会チラシより)

「元来、型染は型を用いることによって同じ文様の染色品を量産する技法です。このため、型染には手描きによる自由な文様とは異なり、省略やデフォルメされた文様とパターンの繰り返しなどが見られます。型の使用という制約こそが型染の特徴であり、そこには整然とした文様や反復の諧調など、型染特有の美を見出すことができます。本展では 小 紋・ 中 形・ 型 友 禅・ 摺 染・ 摺 箔・ 板 締・ 燻 革などさまざまな型染の服飾を出品し、日本における型染の多様性と、型染ならではの美しさを紹介いたします」(同)

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(展覧会チラシより)

たとえば、 地色にしか見えないほどの細密な小紋はやさしい色合い。けれども生地から伝わる圧倒的な手間ひま、かけられた時間、そのことに気圧されるようです。美を持って制すということでしょうか。戦のなかった江戸時代ですが、武士の衣装などは、見ただけで負けた、と思わせるようなものもありました。

また、 型の緻密さと、型を作るための道具を作る技術、型を押す技術にも圧倒されました。日本の染織は素晴らしいですね。

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(「縞と格子 ー織りから生まれた直線のデザインー」/岩立フォークテキスタイルミュージアム/チラシ写真の衣装は「男性用長衣装/インド」>

こちら「縞と格子 ー織りから生まれた直線のデザインー」はまだ見ていないのですが、ぜひ行かねば。

南インドの格子サリー、両端の縞の美しいパトラサリー、縞の長衣やマシュルーのスカート、山の民が巻き付けたパトゥ、トルクメンのショール、アフリカのケンテクロス、プレインカの縞のコカ袋などが展示されているそうです。岩立フォークテキスタイルミュージアムにて。2011年2月19日まで(期間中/木・金・土曜日開館)。

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(美しい世界の手仕事プロジェクト2010海洋アジア展示より)

エスニカさん大健闘により「世界の手仕事」WEBも、少しづつリニューアルオープンの装い。またご案内しますね。
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by kizashinoj | 2010-11-29 23:52 | ミュージアム・展示会
中央ユーラシアは見たり聞いたり行ったりの私ですが、「アンデス」、、う〜ん、名前を知っている程度、つまり何も知りません。(^_^;)

そんな私でも、興味深く拝見できたのが「アンデスの色と形」展示会。アンデス通い30年の山本悦子さん(手仕事フェスタ2010に参加)が集めた染織品や土器を大公開。
「かつてのアンデス・アートからインカ伝承の染織の技が残るピトゥマルカ村の染織品、源流アマゾン・アシャニンカ族の貫頭衣、シピーッボ族の土器や泥染め布ほか」が紹介されていました。
模様は繊細で精密、色合いもシックで素敵。素晴らしい手仕事です。

そして造作展示は、おなじみ「クイーンT」。キリリとわかりやすく。さすがクイーンと拝見しました。

10月19日(火)まで。a/h studio (東京都目黒区自由が丘1-22-23/電話03-5701-0473)。場所などはこちら

そんなわけで、説明なしの写真のみですが、アップします☆

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(人体のマフラー状のものは赤ちゃんの抱っこ布。骨の飾りがジャラジャラと賑やか。相当にゴージャス)

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(抱っこ布を腰に巻くとジーンズに合ってオシャレに!)

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by kizashinoj | 2010-10-16 21:03 | ミュージアム・展示会
寒さに負けず、うつわ歩き。
開催が1月18日までということで、銀座松屋に大急ぎ。「川喜田半泥子のすべて展」。

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これまで川喜田半泥子さんの作品をしっかり見たことはありませんでした。
見て良かった、とても良かったです。
自由、破格と評される半泥子さんの陶芸、ご本人が楽しんで熱中して作陶している空気が伝わってきました。それがいいんです。
そののびやかさ、おおらかさに、見ている方が幸せな気分になってきます。

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織部、志野、備前など作風は「なんでもあり」。それがそれぞれ、いい味わいなんです。何でなくちゃいけない、というチマチマしたものがない。
でも、物まねではなく、半泥子さんらしさが共通してあるんです。
絵付けも軽やかで素敵でした。
また「銘」もおもしろかった。「夜寒」は体をちじこめている感じがしたし、「酔いどれ」は酔っぱらっているような感じ、「ほし柿」は干し柿みたいでした。
言葉も、軽やかな瞬発力という感じですね。

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(書画ものびのび)

陶器から書画、建築資料など、展示されている作品総数、約200点。何しろ多彩です。だからもっと数が多く感じました。
日本の陶芸の、大きくやわらかなふところ深さの中で、見ている私もゆったりと心遊ばせてもらいました。

ただ、会場が百貨店内の特設会場のため、狭さとゴチャゴチャした感じは惜しいです。最近、美術館、博物館の展示や見せ方の進化が素晴らしいため、それに慣れてしまっていた私、久々に、そういえば昔はこんな感じだったな、と思い出したくらいです。
とくに作品の照明が蛍光灯で、ストレートに当たるためにてかてかとしてしまい、説明文も光に反射して読めないものもありました。
また、来場者が多く、ゆっくりじっくり見るというわけにはいきませんでした。こういう展示に多くの人が集まるのは喜ばしいことですが、広々とゆったりと半泥子ワールドに浸れたらもっともっとシアワセだったでしょう。

半泥子さんの地元・津市内にある「石水博物館」に、いつか行ってみたいです。

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こちらは、出光美術館の「麗しのうつわ」。
見応えありました〜!良かったです。

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(出光美術館「麗しのうつわ」。野々村仁清「色絵芥子文茶壺」がキービジュアル)

野々村仁清の「色絵芥子文茶壺」に出迎えられ、やわらかいかたちとかわいい芥子の咲く様に見惚れ、、奈良時代の猿投(さなげ)窯に感動し、鍋島も味わい深い、、
展覧会、なんとも眼福、至福でございました〜!
ウズベキスタンの陶芸家さんたちに見せてあげたいな〜。

出光美術館の「麗しのうつわ」はこんな構成。↓

1)京(みやこ)の美−艶やかなる宴
千年の都・京に育まれ、王朝文化をやきものにあらわした日本陶磁の花、京焼を展覧。
やまと絵や和歌の世界を華麗な色彩であらわし、宴に集う人々の「和」を演出したやきもの。
野々村仁清、尾形乾山など名品にうっとりです。

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(貫入の美しさに見入りました。野々村仁清「色絵漏斗文茶碗」。なんと美しい/図録より引用)

2)幽玄(ゆうげん)の美−ゆれうごく、釉(ゆう)と肌
釉薬と土肌の織りなす「幽玄の美」に注目。
数百年も前に窯の中で流れた釉が、いまもみずみずしい雫の姿になって残る=奈良時代の猿投(さなげ)窯「灰釉短頸壺(かいゆうたんけいこ)」が最高でした。
絵唐津、朝鮮唐津も、ものすごく好き。
私Jのもっとも好きな世界がここにあります!

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(「朝鮮唐津上手付水注」。白釉が黒釉に溶け込むところが青みに変化。この青!!イスラムタイル好きのJにはたまりません!/図録より引用)

3)うるおいの美−磁器のまばゆさと彩り
江戸時代に生産がはじまる新しいやきもの、磁器の展開。
柿右衛門、古九谷、鍋島から昭和時代の板谷波山まで。
デザインナイスな鍋島と波山先生の一部は、とっても好きでした。
が、このコーナーで考えていたのは、「どうして私はこのテイストが苦手なんだろう。何が違うんだろう」ということ。柿右衛門、、こんなにかわいいのに、、どこかロココってる?

4)いつくしむ美−掌中(しょうちゅう)の茶碗
茶の湯のうつわ。長次郎、道入、板谷波山の「曜変天目茶碗 銘 天の川」など。


そんなわけで、また「見て歩記」を続けます☆
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by kizashinoj | 2010-01-15 23:02 | ミュージアム・展示会
もともと私Jは、美術とも工芸とも染織とも無縁の人生を歩いてきました。とくに日本のものには、ほとんど関心が向かいませんでした。
それが変わってきたのは、旅行や音楽を通じて興味を持ち始め、しだいに夢中になっていったイスラム建築(とくにタイル)や工芸、染織と出会ってから。
インドや西アジアや中央アジアのきれいなものを見ていくにつれ、日本ってどうだろうと振り返るようになり、自然に自分なりに比較したりもするようになりました。
最近はとくに、日本のものをよく見るようになっています。

Jの本ブログ「イスラムアート紀行」を現在休止しているのは、第1にはイスラム工芸をスタディしきれずまったく本が読めていない。たまる一方の本を何とかしないとどうしようもなくなったことがあります。
また結果、日本の話題が多くなってしまい、タイトルとそぐわないと思ったこともあります。
日本のことはこちらに主に書いて、イスラムアートに焦点を合わせる方がいいのかもという気持ちもありました。

そんなわけで、こちらでは気軽に日本の美術館のことも書いています。

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(展覧会チラシ)

東京国立近代美術館工芸館の『現代工芸への視点 装飾の力』は、今の私にとって、とても興味深いものがありました。

・・・ 「装飾に対する意識の高まりは、日常生活の中でも強く感じられ、さまざまな現象としてみることができます。身近なところでは、デコ電やネイルアートなどがその代表的なものと言えるでしょう。この現象は、個性を表現する工芸制作の中においても見られ、とくに近年、大きなうねりとなりつつあります。
ところがこうした動きは、実は、いまに始まったことではなく、縄文時代中期の火焔土器に見られる器体を飾る激しい造形や、桃山時代の絢爛豪華な意匠、明治時代につくられた器物に動物や植物を貼付けた輸出工芸品など、脈々と受け継がれてきています。
そして今日においては、過剰なまでに装飾を施し、作品というと立体を飾るためというよりも、まるで装飾するという行為そのものが目的になって立体を構築し、個性を打ち出している工芸作品が、盛んに作り出されています。
こうした作品からは、素材との密接な関わりを通じて、人と「もの」との原初的な関係を回復しつつ、新たなアプローチを模索しているかのような気配が感じられます。
本展では、装飾をひとつのキーワードとして、現代に生きる工芸に受け継がれた日本人の美意識をあらためて感じ取りながら、21世紀における工芸制作と表現活動の可能性を探ります。」・・・

なにしろ出展している作家さんが若い!20代、30代。
陶芸、漆、ガラスなど、いかにも日本の工芸。
ところがテクニックはスーパー!超細密です。
なんですか、この技量は、、!?

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(植葉香澄。キメラ、2009年)

模様は日本の伝統的なものが多く、配色もよく見れば多くが日本の伝統色です。
だから馴染みやすい。
でも、ポップpopなんです。
模様と色が日本の伝統なのに、すっごくポップに見えるのはなぜ?、、何が違うのかな、と見ていましたが、どうも造形が違うような気がしました。
オブジェだからかな?

普通、日本の工芸といえば、皿や鉢や壷や箱や衣装。
それが実際に使用されなくても、そのようなカタチをしています。
そして虎なら虎。百合なら百合。そのなかで技と匠を発揮しているような気がします。

今回の装飾の力では、それがないんですよね。
まさに装飾。

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(染谷聡。幼少期インドネシアに居住。そのときの影響があるとことです)

そして、基本は自分のための装飾。(人に見せるための装飾でも、根本は自分の表現)
王様やパトロンの好みに合わせる必要もない時代。といって、時代の寵児になり有名になりお金持ちになり、、そんなことも目指していない感じ。
作りたいから作っている感じ、が、ありありとしました。
たぶん、ものすごく楽しいのだと思います。
実際、作家さんのコメントの中には、夢中になる、好きでたまらない、自分の表現、といった言葉がありました。
とってもわかります。これ。

しかし、展覧会のテーマであり、新聞等で評されていた「過剰性」については、ピンときませんでした。
日本ってこんなんじゃないの、と思います。
昔から。伝統ですよね。
「デコ電」やネールアートとの関係づけもどうかなあ。

見ながら浮かんだ言葉は「元禄」。(想像力&ボキャブラリー不足!?)
文化の爛熟と、個人が自分の満足へひたすら向かうエネルギー、それを最も感じました。

おっと、爛熟、嫌いじゃないの?と言われそう。
そうですね。私最大嫌いなのは、退廃的な爛熟です。バロック最悪。日本の女性に人気のビクトリア朝なども私には意味不明。

今回の展覧会で感じた爛熟は、私好みのもの。生命感があったんです。
土好きの視点かもしれませんが、土で作り焼成するところに現実感があるような気がします。

怪獣のようなキメラ、好きでしたね〜。&話題になった「ティーカッププードル」も貴族テイストをポップに描いているのがおもしろかった。
日本の未来も大丈夫じゃないか、と思ったくらいです。
技量を惜しみなく発揮し、イキイキとしている若い作家さんたち、良かったですよ!
今回は図録を買わなかったので(写真がイキイキしてなかった。残念)写真がないのです。が、チラシのものは私が好きだったものとはちょっと違う。もっといいのがたくさんたくさんありました。

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(十四代今泉今右衛門。個人的には他の作品がより好きでしたがチラシ掲載はこれでした。素晴らしいですね〜!!)

なかでも最高に好きだったのは、十四代今泉今右衛門氏(1962年生まれ)の磁器。
「墨はじき」という白抜きの技法。清楚で気品があり凛として優雅。
鍋島のセンス!最高です。

さてさて、春に向けて、サントリー美術館の「おもてなしの美 宴のしつらい」、出光「麗しのうつわ 日本やきもの名品選」、新国立「ルーシー・リー展」、「近代工芸の名品 花」(近代美工芸館)など、見たいものが目白押し。
今年も歩きますよ〜!

あ、手仕事プロジェクトも動くかもです。
またご案内しますね。

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(御香宮神社破風。絢爛ですね〜。/『日本の配色』(ピエブックス)より引用)
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by kizashinoj | 2010-01-08 22:58 | ミュージアム・展示会
浅草の「アミューズミュージアム」続編です。

● ドンジャのこと ●

「BORO」展示のなかで圧倒的な存在感を持っていた「ドンジャ」です。

[ドンジャ=夜着。ボロ布が幾重にも重なりあい15キログラムのものもある。夜になると囲炉裏の片隅でドンジャを来て座り眠る時にはこれを着たまま寝た。ひとつのドンジャに親子が裸でくるまって寝る]

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[「投げれば立つよなドンジャ着て」という言葉が遺されている。「ドンジャ」とは夜着のことである。丹前のような形をしていて、長着物のようでもあるが夜は布団の役目もする。本来の夜着や丹前は、表裏ともに木綿布であり、中には綿が入り、軽くて温かいものである]

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[ところが投げれば立ってしまうようなごついドンジャには、綿が使われていない、ボロ、ボロ布が重なり合っているから、ドンジャが立つのである。ドンジャの表には裂織の布を当て、裏には麻布のすり切れ弱った小布を幾重にも重ねさしたものを使い、厚々としている]

[私の手元にあるドンジャの皮(表地)は、古い麻布や木綿布を何枚も重ねて縫い合わせてある。上着や下着、果ては麻蚊帳の古くなったもの等、使い古された布の生命を惜しむかのように継ぎ足している。そしてその中に、麻糸を取った際に出るクズ麻を入れている]

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[そんなドンジャは、これが衣服かと思われるものであるが、まさしく布団なのである。中に入っているのが、綿ではなくクズ麻なので、ドンジャを見て「中世の寝具ですか」と問う人がいる。近世以降は木綿と綿の文化になったと信じているからである]

「中世の寝具ですか」という疑問、私には笑えません。私もそう思ってしまいます。ついこの間まで暮らしの中にあったものとは、、。


● ボロのこと ●

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[お祖父さんが生前着ていた「ぼろ」をその孫が着る。孫にとってそれはとても素晴らしいことであり感謝すべきことである。「自分はひとりで生きているのではない」ということを、家族みんながその子に伝えるためでもあるのだ]

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[何世代にもわたって受け継がれている「ぼろ」には、人と人の絆を結ぶ意味もあるのだ。古くなったり汚れてしまったものは、さっさと捨てて新しいものを買えばいいという現代の消費社会では、なかなか考えつかない発想なのではないだろうか]

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(今に通じるファッション性をアピールしてインパクトがありますが、私にはちょっと微妙な印象のマネキン展示でした。マネキンじゃない方が想像力が生まれそうな気がします)


● カッカのこと ●

[(カッカ(乳母)は)どんなに小さな布切れでも大切にする人だった。「着物をほどくときは、布を米のとぎ汁につけておくといいんじゃ。糸が抜けやすくて、その糸をまた使うことができる。一寸四方の小さな端切れも祖末にしてはいけねえよ。糸は人の体を包んで寒さや暑さから守ってくれるものだからな。大事なんだ」]

[カッカは万物に生命が宿っていると信じていた。だから山菜を採るときでも「せっかく育ったのに、わりいなあ」と、本当にすまなそうにワラビやキノコに声をかけながら一つひとつ摘んでいくのである。流し場で魚に包丁を入れるときなども、その魚に「わりな、わりな」と声をかけていた]

[魚も生きている。それを獲ってきた漁師も苦労している。生きているものを食べるときには謝り、それに感謝して食べなければいけないのだと言うのである。物や食べ物を大切にすることの根本はやさしさで、それがどれだけ大事か、カッカが教えてくれた。大切なのは富でも財でもないと、カッカは身をもって教えてくれたのだ]

[それから約二十年後、暇を見つけては針仕事に精を出したカッカは、自分が寝たきりになったとき、周囲の手を煩わせまいと、自分が使うであろうおしめを用意していた。仏になったときに着る白装束も縫っていたが、それは麻の着物であった。「死ねば山さ、行く。山道は険しい。麻の装束は汗はじきが良く、自分で種をまいて、育てた麻から紡いだ麻糸は、土に還りやすいから」]

[カッカが支度した白装束もおしめも長襦袢も、結局使われることはなかった。その頃には、麻布よりも木綿布が一般的になっていたため、親族が町の店から買い求めて着せたからである。カッカは帰らぬ人となった]

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カッカさん、田中忠三郎さん、ミュージアムに、ありがとうとお礼を言いたいです。
刺子展示のこと、「織姫」のこと、ミュージアムのこと、、まだ書きたいことがあります。次回に続きます。


*([ ]内は『物には心がある』(田中忠三郎/アミューズエンタテイメント)より引用しました)

 アミューズミュージアムの記事、発見しました。(ネットで調べても業界関係者のおつきあいブログみたいなのばかりで超つまらなかったんですが、やっとまともなものに出会いました)。さすが都築響一さん!!視点がぶれてませんね〜。&オープンまでの背景や状況なども、ようやく&よくわかりました。「スペシャリティ・ミュージアム探訪記 第1回 アミューズミュージアム」(WEBちくま)。写真も、さすがにいいです(たしか木村伊兵衛賞取ってますよね、都築さんって)。アミューズの意気と粋、既存博物館についての考え等、同感共感です。ただ、手仕事見習いJには、ミュージアムでちょっと微妙に感じた部分もあり(エンタテイメントとミュージアム、来場者イメージのことなど)、、そんなことを次に書いてみたいと思います〜。
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by kizashinoj | 2009-12-24 18:02 | ミュージアム・展示会
浅草に11月オープンした「アミューズミュージアム」に行ってきました。
浅草寺に隣接した古い6階建てのビルを丸ごとリノベーション。日本の文化、美や技術を紹介するライブ感覚のミュージアムだそうです。
音楽ビジネスで有名なアミューズによる企画運営ということでメディアで時々紹介されていましたが、新鮮な切り口、期待したいですよね。

ビル自体は雑居ビルという感じ。ちょっと意外。中に入るとさすがに洒落ていて、1階には和グッズのギフトショップやカフェもありました。
なかなかカッコいい空間だったので、「写真撮っていいですか」と聞くと、「ご自由にどうぞ」とのこと。スタッフの方々も感じよかったです。

お茶は後回しにして、グラフィックデザインが施された階段を上がり2階へ。すると、、ドカ〜ンと「BORO」のロゴ!そして「ボロ」をまとったレトロなマネキン!

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な、なんだ、と思っていると、学芸員さん的な女性がやさしい感じで登場。「写真を撮ってもいいこと、布に触ってもいいこと」を伝えてくれます。
エンターテインだ〜!さっすが〜!
写真を撮ってよく、布に触っていい美術館って、私たちの「美しい世界の手仕事プロジェクト(2008)」以来かも!? (*^_^*) きっと気持ちは同じ。「ライブミュージアム」だもんね〜、と、ひとり心の中で意気投合。

企画展は「布を愛した人たちのものがたり」。「世界初公開展示 国指定重要有形民族文化財 津軽刺し子着物」と「奇跡のテキスタイルコレクション BORO」の2つの企画を一気に展示するという太っ腹。タイトル回りが広告っぽいのも、ミュージアムらしくなくておもしろいです。

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今回ご紹介するのは「奇跡のテキスタイルコレクション BORO」です。

こみあげるようなものがありました。とても美しい布たちでした。そんなに昔でもない日本のこと、知らなかった私。触ってみました。身につけた人たちのことを考えました。

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「これらのコレクションは、民俗学者・著述家の田中忠三郎氏が40年以上に渡り、民俗学の研究のかたわら収集してきたもので、寺山修司や黒澤明、都築響一らがその美しさを絶賛し、作品制作のために借用するなど、学術的価値はもちろん芸術的価値の高い稀有なコレクションとして知られています。田中忠三郎氏は、「庶民の衣服が重要有形民俗文化財に指定されたのも画期的なことだが、これら衣服はどれをとっても無駄がなく美しい。それは布を織った、そして刺し綴った人々の想いと愛情、人柄がしのばれるからです」と語っています」(ミュージアムWEBより)

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「田中忠三郎コレクションの中には、江戸時代から何代にも渡り、青森の山村、農村、漁村で使われてきた“ぼろ”と呼ばれる衣服や布類が多数あります。現代のキルト、パッチワークのようにきれいなものを作りたくて作ったのではなく、そのときにあるものを重ねていき、寒さをしのぐために少しでも暖かく丈夫にしたいと、つぎはぎを重ねて大切につかわれてきたそれらぼろ布類は、今あらためて見れば、そのままイタリアやフランスのハイファッションになりそうな完璧なデザインです」(ミュージアムWEBより)

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本を買いました。『物には心がある 消えゆく生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』(田中忠三郎/アミューズエンタテイメント)と『みちのくの古布の世界』(田中忠三郎/河出書房新社)。

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〔人間が生活していくのに必要なもの、あるいは生活そのものを指して、我々はそれを「衣食住」と呼ぶ。どうして「食」でも「住」でもなく、「衣」が最初にくるのか。20代から30代の前半まで、遺跡の発掘に明け暮れていた私は、何度も凍死寸前の、体の芯まで凍えるような寒さを経験して、「衣」が人間にとってどれだけ大切なものであるか身をもって知った。真冬でも人間は数日程度なら食糧なしでも問題なく生きていけるが、衣服なくしては一日たりとも生きていくことは不可能だ。かってこの地に生きていた人々は決して布や衣類を粗末にしなかった。丹念に刺し綴った着物をまとい、日々を精一杯に生きた。その根底には、先祖がさんざん味わってきた寒さに対する恐怖があったからではないか。その恐怖から身を守ってくれたのが、「衣」であった。つまり、衣服は生命そのものだったのだ](『物には心がある』)

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〔祖母は布をとても大事にする人だった。私が幼い頃にいたずらに布にはさみを入れると、厳しい顔で「肉を切るのと同じことだ」と叱った。それほどに衣と布は、人間にとって大切でかけがえのないものなのである。布には生命があり、祈りが込められていた](『物には心がある』)

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〔当時の人々が布を大事にしたのは、単に物が不足していたからではない。そこに大いなる意味と価値を見いだしていたからこそ大事にしていたのだ](『物には心がある』)

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このミュージアムと展示については、いろいろ書きたいことがあるのですが、長くなってしまうので回を分けようと思います。というわけで、次回に続きます。
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by kizashinoj | 2009-12-22 22:22 | ミュージアム・展示会

ていねいなもの、思いがこもったもの、自由な精神があふれるもの、美しい世界の手仕事に、もっともっと出会いたい。


by kizashinoj