美しい世界の手仕事プロジェクト

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手仕事なう。自分が関わることができるモノ

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(美しい世界の手仕事プロジェクト2008 インドシナ展示/望月コレクション/三角アップリケなど技法を駆使。用だけ考えたら到底できません。ビーズ装飾までつける過剰さ、とことん感がすごい。高地の人たちは感性が冴えてますね)

もう少しだけ、現代の民芸を。
下記は、濱田琢司さん(濱田庄司の孫)のインタビューだと思うのですが、何から抜き書きしたか不明。たぶん新聞記事(前回までの朝日新聞)の流れかも?以下、自分の抜き書きノートより要旨抜粋です。

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< 現代の民芸> 濱田琢司さん 

・若い人たちに民芸が静かなブームだ。彼らは60年代70年代の民芸ブームを知らなかった世代。感度の高いファッション店や人が発信地になっている。
・北欧やアメリカのデザインに親しんでいて日本との接点を探る中で民芸運動に出会った。当時から続いている産地に今の自分たちの生活に取り入れられるものを見つけている。

・民芸運動が生まれたのは大正末期。急激な西洋化や都市化を背景に工芸の世界が用を離れて美術の方向に走ることに反発し柳宗悦らは民芸という造語を掲げた。
・職人の仕事の中に、こんなに素晴らしいものがあるじゃないかと、ひとつひとつ、自分たちの「眼」を基準に掘り起こしていった。
・産業振興ではなく消費の活動だった。産地にインパクトを与える一方で、外の人が好き嫌いで「守れ」と騒ぐことに、地域を見てみいないとい批判も巻き起こった。

・「用の美」という言葉があるが、使いやすいものは美しいと解釈するのは少し誤解がある。
・機能を考えたらプラスチック製品の方が優れていても、違うものを選ぶのは、持って使って喜びがあるから。じつはそんなに使いやすくないけど、使いこなす。自分が入り込む余地のあるところを楽しむのもまた、民芸なのだ。

・ろくろをひいた皿が型を抜いたものよりいいという考えに、私は必ずしも立たない。技術に誇りを持つ作り手は、むしろ民芸の産地とみられるのを嫌う。機械であってもていねいにきっちり仕上げた皿はプロの職人の仕事。
・手作業であることや産地の持つ「物語」に頼ってしまう。質は保てず、いずれ取り残される。使い手も表面的に消費するだけでは、自分の消費眼は育てられない。消化できるまでゆっくり向き合ってみることです。
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(遊牧民のサドルバッグ。織物の上の装飾がかわいらしい)

浜田琢司さんの意見、私にはすんなりと納得できる内容でした。同感できる部分が多かったです。「自分が入り込む余地のあるところを楽しむ」、いいですね。民芸に限りませんが、「関与ができる」ということ、大事なのではと思います。
私、まことしやかな産地の物語とか、どれだけ手間ひまがかかっているか、に影響される面があるのですが、もっと凛として、そして素直に、モノ自体と対話ができれば、と思います。

またしても、まとまらず、、でも、このままアップ〜〜。m(_ _)m

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(美しい世界の手仕事プロジェクト2008 シルクロード展示/クイーンTによる遊牧民の移動光景実物大再現。手織りのバッグに荷物を詰めて凝った模様のベルトで結ぶ。模様を見ればどこの部族かわかるといいます。大事な馬や駱駝も美しく飾ります)
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by kizashinoj | 2010-10-05 23:12 | 手仕事ニュース

ていねいなもの、思いがこもったもの、自由な精神があふれるもの、美しい世界の手仕事に、もっともっと出会いたい。


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